おかあさん、ありがとう。

「本当においしいと思ったお店だけを紹介する」というコンセプトで、大阪の焼肉店を紹介するブログやインスタグラムを運営しています。

 

ただ、同じ「おいしい」といっても、その内容はお店によって違います。

 

“特別な日にお邪魔したい高級店”
“全身が煙臭くなる下町の大衆店”
“どちらにも属さないけど味は確かなお店”

 

みんなちがって、みんないい。大阪の焼肉文化が生み出す「おいしい」に魅了される日々を、これまで送ってきました。

 

そんな中、本日2021年12月31日。

 

“全身が煙臭くなる下町の大衆店”の代表格といえるお店が閉店を迎えます。西天下茶屋の『くいや』です。

 

私はこれまで5度、お伺いさせていただきました。

 

いろんなお店を知りたい思いからリピートすることは滅多にありませんが、ここ『くいや』は別だったんです。

 

 

この記事を書く理由

おいしさはもちろん、1人で切り盛りされているおかあさんの接客、西成区独特の雰囲気など、リピートしたくなる要素が盛りだくさんのお店でした。

 

そんなお店に、もう二度といけなくなる…。

 

せめて最後に、これまで5度リピートした視点から、『くいや』の魅力を皆様にお伝えしたいなと思い、ブログを書いています。

 

大阪にこんなにもすばらしいお店があったんだということを、グルメ好きの皆様に知ってもらいたい一心で書きます。ぜひ最後までご覧ください。

 

 

苦労しかなかった60年前

『くいや』がオープンしたのは、御年88歳のおかあさんが20代後半のころ。

 

おかあさんの名前は広田和子さん。『くいや』がオープンする数年前、嫁ぎ先のお母さん、つまり、姑さんと一緒に居酒屋を始めたのが、和子さんの飲食店キャリアのスタートでした。

 

「一緒に始めた」といっても、運営における負担は和子さんだけが担っていたそう。

 

「姑さんにずーっと嫌味を言われながら働いていたなあ。店は流行っていて、そのおかげで姑さんはものすごく贅沢していたけど、私は全く。好きなものひとつ買えなかった。主人は麻雀と飲み歩きばかりで家に帰ってこない。店を手伝ってくれることはなかった」

 

 

 

まだブラック労働なんて言葉がない時代。馬車馬のように働いた和子さんのおかけでお店は好調だったそう。その勢いで、当時、一般家庭にとっても身近な料理になりつつあった焼肉店に挑戦することになりました。

 

当時は西成に屠畜場があり、おいしい和牛を優先的に、リーズナブルに仕入れることができたそう。

 

「産地にはこだわらない。本当においしくて、新鮮な和牛だけを仕入れる。ずーっと変わってないね。その考え方は」

 

お値打ちな価格でおいしい焼肉が食べられるという噂はまたたく間に広がり、人気店の仲間入り。西成はもちろん、大阪府内、ときには他県からお客様が訪れることもあったそうです。

 

 

なぜ『くいや』は客を魅了したのか

それから約60年。途切れることなくお客様を満足させ続けた『くいや』。私が始めてお伺いしたのは2020年でした。

 

おいしいお店をそれまでもたくさん経験してきましたが、『くいや』で受けた衝撃は、それら全てを上回りました。

 

まずなにより、お肉のクオリティがとてつもなく高い。特に、肉厚のタンと、旨味が凝縮されたハラミは圧巻です。ボリュームもしっかりしているので、満足度という点ではピカイチだったように思います。

 

 

和牛タン…¥1,800

和牛ハラミ…¥1,400

注目すべきは、味だけではありません。下町焼肉という言葉を具現化したような外観。手書きのメニューに、ベタついたテーブル。水洗ではあるものの、ヒモをひいて流すタイプのトイレ。

 

 

私は平成生まれのため、想像でしかありませんが、昭和の古き良きとは、このお店のような雰囲気を言うのではないでしょうか。

 

また、和子さんが生み出す“絆”も、魅力のひとつでした。席が埋まってくると、手が回らなくなる和子さん。ビールやお肉がなかなか出てこないなんて状況は当たり前でした。

 

ふつうならクレームものです。でも、『くいや』は違います。お客様が自らビールをビールを注ぎにいったり、ときには予約の電話を受けつけたり、お客様が自発的にお店を手伝うというほっこりするシーンを何度も見ました。

 

 

細かいことに気を使わないと、すぐに批判されてしまう世の中。それとは切り離されたリラックスできる空間が、私は大好きでした。

 

 

そんなお店がなぜ閉店するのか

愛される要素がたっぷりの『くいや』はなぜ閉店するのか。

 

きっかけは、10年前。『くいや』のある西成区の土地一帯が、中国企業に買収されました。その10年後のリミットが2021年12月31日だったんです。

 

ここで、すこし個人的な話をさせてください。中国企業に買収された話を聞いて、私はある事件を思い出しました。

 

2019年のことです。

 

和牛の受精卵と精液を、中国へ持ち込もうとした2人の男が逮捕された事件がありました。

 

『くいや』の閉店と、その事件。2つが私の中でリンクして、ある危機感につながったんです。

 

いろんな分野で世界に遅れをとっている日本。そんな国にとって、数少ない世界に誇れる文化である「食文化」までもが、海外に追い抜かれるのではないか、と。

 

私は日本の焼肉文化、そして、その源になっている和牛に魅了されている1人です。

 

現在はブログやインスタグラムの発信活動がメインですが、今後は焼肉店のプロデュースや、和牛の輸出事業にチャレンジしたいと思っています。

 

60年以上、日本の食文化の象徴といえる和牛を提供し続けてきた『くいや』が海外に買収された今。和牛の文化を、焼肉の文化を守っていきたいという思いがより強くなりました。

 

 

ありがとう、おかあさん。

すこし、話がそれてしまいました。最後は、和子さんにお礼を言って終わりたいと思います。

 

和子さんは、2022年から、娘さん家族と一緒に生活するそうです。忙しい中で体験できなかったことを楽しむ予定だとか。

 

「娘がな、北海道とかいろんなところに連れて行ってくれるねん。楽しみ。よくしてくれる子供を持ってよかったわ」

 

握り続けた包丁をそっと置き、すこし遅めの老後をとびきり楽しむ和子さん。

 

ただの客である私は、もう会えないかもしれませんが、これからの時間を素敵なものにしてほしいと思います。

 

和子さん、ありがとうございました。お疲れ様でした。

 

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